心苦しいゴールデンウィーク

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ご心配をおかけした皆様、おかげさまで本日退院できました。
今月18日の夜に虚血性心疾患から救急車を呼びそのまま緊急手術、CCU直行から12日間、平成最後の日に退院です。
予兆はあったのですが、気にしないでいたらこうなりましたよ。本人はのほほんとしてますが、実際一歩間違うと死んじゃってたかもしれません。
そんな、じつは一大事だった事件を、どなたかの役に立ったり不安を和らげるネタになればということで、報告がてらいつものように書き連ねてみますね。
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ちょっと前から症状は出てました。時々息苦しくなります。何もしてないときにも起こるし、歩いているときにも起きる。暫くじっとしてれば収まります。頻度はごくたまになので、気にしないんです。
今月に入ったあたりから、歩き出すと苦しくなることが増えてきます。間違いなくなんかやばいなと思うのですが、忙しいからとそのまま。ギブアップする一週間前程からは、歩き出して10分もしないあたりで息が苦しく胸も痛い。大きく息を吸うようにしてると若干和らぐも、ついには立ち止まってしまうようになります。でも息が落ち着けばまた歩けてしまいます。たぶん心臓だろうなと、嫌だなとは思ってた。
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そんな平日、私の休み明け木曜日でした。電車で通勤が普通なのですが、いよいよ駅まで歩くのすら辛くなり車で出勤。その方が歩かなくて済むわけでもなく、車の置き場所が変に遠いので楽なわけではないが、仕事で乗る車には早くたどり着けるのでそうする。午前中はなにをしていたか忘れましたが、車でどこかへ往復、午後に世田谷区へ車を置いてきて、その足で八潮市へ。歩くのを嫌ってバスで千歳船橋駅へ出て小田急線から千代田線へ直通、松戸駅で降りてバスで八潮市へ。この間、症状はほとんど感じていません、朝車を置いて歩いたときにちょっと感じた程度。
毎度のように昼飯を取る時間などどこにもなく、18時頃に八潮で車に乗った帰り道に通りかかった松屋でごろごろ煮込みチキンカレーを食べて、19時過ぎに帰社。また歩いて車に向かう最中にまた痛くなった。車に付いてからハアハアとした息を落ち着かせてから帰った。家で晩飯食べて風呂から出て暫くして、寝ようかと思った頃に胸の痛みと息苦しさが来た。結構痛い。
うずくまってたら症状がひき、やばいから救急車読んだ方が良いかなと立ち上がって考えているうちにすぐ次が来た。もっと強烈で息がしにくい。数分なのか数秒なのか完全に動きと思考が停止、、気力で動き出してほぼ本能のように救急車呼ばなきゃと。、
案外冷静なのは、PCを落として財布から健康保険証を取り出してスマホと手に持ち、携帯より固定電話の方が家の特定が早いだろうと考えて隣室の電話までよろよろ行き、居た妹に救急車呼ぶわと絶え絶えの息で伝えて119。伝えること伝えて玄関でツッカケ履いて力石のようにへたり込みつつ、ちゃっかり玄関のドアは手で半開きに。妹が母を起こしに行き、すぐ着替えて戻ってきて、5分もしないでサイレンが聞こえてきた。通報は24時丁度だったそうだ。
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たぶん、通報から10分しないで救急車が来てる。玄関扉開けていたから救急もすぐ走ってきてくれた。
ストレッチャーに乗せられ症状を聞かれるが、呼んだときと変わらない。寒いのか震えが止まらなくなった。唇が白いという声が聞こえる。救急車に乗せられて処置も続く。問いかけには答えることは出来る。だいたい容態はわかったようで搬送先の連絡2軒め、さいたま日赤病院へ搬送しますねと伝えられ母も付き添いで移動。聞き飽きたハイエースのエンジン音がこのときばかりは安堵の調べに聞こえた。どこを通ってるかなど見えるわけもなく、でも5分くらいじゃなかろうか、着いて降ろされた、ありがとうございました、とは言ったと思う、ストレッチャーに固定のまま病院内に取り込まれて看護師さんかお医者さんかわからないが一緒に寄り添っていろいろ聞かれる。意識はあるけど酸素マスクつけてハアハアしてしまって声にならなくなってる。
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ドラマのように処置室へ入って救急隊員さんからお医者さんへの伝達が終わると同時に服は全部脱がされる。心電図やら血圧やら諸々計測、人が退いたなと思ったらレントゲン、いろいろやってるうちに心筋梗塞の位置緊急性が確定したらしく手術へ突入。パンツ脱がされて尿道に管が入り、もう採血なのか麻酔なのかわからないけど注射もされて点滴も付いた。どこかでカテーテルで手術をしますと言われたが、慌てた様子はないように思えて死なずに済むかな?と思ったら勝手な安心からか外の声が耳に入らなくなってくる。でも点滴入れる血管が見つからなくて苦戦してるのはわかるw。
右手の動脈からカテーテルを入れて心臓まで通し、血栓部を広げてチューブのようなものを置いてきて血管の通路を確保するという手術。腕ではあまり感じないけど胸を横切るときが結構辛い。気分が悪くなり、数回吐いた。宣言するのは使命だろうと頑張ったのでぶち撒かなくて済んだ。
手術が終わってCCU(冠疾患集中治療室)へ。寝たまま起き上がることも許されず、血圧計、血中酸素濃度計と、胸に心電図と呼吸のセンサーがペタペタ貼られ、点滴4つを装備。カテーテルを入れたところを塞ぐのも仰々しく固定されて、尿も管で計測。ベッド回りから人が退いて母からスマホもらったのが4時半だった。当然携帯電話スマホは禁じ手のお部屋ですが、こそっと会社のLINEで一方的に入院することを伝えてから電源を切って、鍵のかかる引き出しに仕舞って寝た。
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朝、普通に6時頃起こされる。食事は出ない、点滴。計器類で動けないのもありますが、心臓への負担を増やさないためとにかく安静にさせられます。血管の詰まるのを防止するためにさらさらになる点滴と薬も入れているせいもあって、右手首の動脈傷口鬱ぎが特にガッチガチで、麻酔が切れたら痛いのなんの。病室の気温が、ほぼ夏日だったせいもあってやけに暑く、午前中に呼吸が上がったら助けに来てくれた。暑いのはどうにもならず氷枕で過ごした。
午後、母が必要なものを持ってきてくれた。が、意外と肝心なタオルや入院着などの仕組みを伝えることなく去るので退院まで仕組みがわからなかったw。
身動き取れないし食事もないから寝てるしかなく、とにかく退屈。気がかりになったのは、給料日。よりによって給与振り込みの口座を指定銀行に変えさせられた最初の月で、引き落とし口座への移動が必須。ネットバンキングの手続きはしてあるけど初期設定をまだしていないからスマホから出来ないかも知れない。カードはおろか財布も持ってきてないので、頼んで持ってきてもらう。26日までにはATMに行きたい旨は看護師さんに伝えた。
3日目くらいに食事をするようになった。ただしお粥。右手首のおかげで箸など使えず、スプーンです。
22日に点滴が減ってベッドが変わった。300万円くらいするいろいろセンサー付のパラマウントベッドから、低くて固めのベッドへ。メーカーと床が起きあがるのは同じ。24時間監視状態は脱したらしく、部屋内の位置もちょっと移動。しかし外の景色は全く見えない。また、時計がなく時間がわからないのもまた退屈。頭の上の心電図が出てるモニターにだけ表示あるけど、起き上がらないと見えないので辛い。2日目くらいに自動計測の血圧計が毎時0分に動作するのに気がついたけど、その日の午後に取り外されたw。部屋に積んで置いてある電車の本から適当に持ってきてもらったのが妙に偏ってて笑った。普段読み飛ばしているとこまでじっくり読めるんだけど、気力が全く続かずすぐ横になってしまう。
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22日に起き上がってベッドサイドに座って3分保持、その前後で心電図やら何やら計測する負荷計測、翌日ついに部屋内を行って戻る同じ負荷計測をしてクリア。トイレまで歩行可になるが、点滴はガラガラ持っていかねばならない。ベッド移動のときに尿道の管は取れたが、汗かきまくりでそれまで尿意はなかった。便意も全くない。
翌日から一般病棟へ。23日にはお粥からご飯になった。
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CCU最後の朝ご飯に納豆が出てきてしまいます。どうしても食べられなかった。お粥もあんまり好きじゃないのと、どうにも量が多く感じてどうしても少し残してしまうが、ご飯はするっといけた。
23日朝納豆の後、部屋移動。同じフロアなのに歩かせてはもらえず、車椅子で移動中にさいたま新都心駅とさいたまスーパーアリーナが見えて、やっと自分の居る位置が見えてきた。
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大部屋希望のはずなんだけど空きがないらしくて個室。まあ、それはそれで気楽だね。スマホも使ってよくなった。充電器を差すコンセントが微妙な距離ながら、なんとかベッドには届くところに設置できた。廊下は少し涼しいから、部屋の空調いじって良いか聞いたら、「うーん」という顔から「いま暖房から冷房へビルまるごと切り替え中で暖房しか出ない」と聞かされる。一両日中には終わるらしいが、今は窓開けておいた方が涼しいと言う。だからあんなに暑かったのかww。風呂には入れないのに毎日汗ぐっしょりです。身体は拭いてもらえるんだけど、髪の毛がね。
個室内歩行は自由ながらまだ点滴の針が手の甲にあるから、せっかく洗面台もあるのに手も顔も洗えない。上の方の画像に管がぐるんぐるんの図がありますが、二本の管があって一本しか使ってなく外せないのでこうなってたw。このころ右手の動脈の包帯と採血用の針が取れた。
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やっと好きに窓の外が拝める。西向きで眼下に見覚えのある交差点と、北与野駅のホームが見える。大宮日赤病院と言えば私の生まれたとこなのでよく知っていました。大宮駅にまあまあ近い上落合にあったのですが、いつの間にか取り壊されているのは見てた。どこに行ったのかは知らなかったが、さいたま新都心の駅前に建っててそこへいつの間にか来てたw。ヨドバシのあるコクーンから線路をガードでくぐって出た交差点角なのはすぐわかった。郵便局本局がこの並びだから車では通ってるけど、見上げたりしないから気がつかない。
どうにも窓からの視界が狭いと思ったら、建物を上から見ると「井」の字をしてて窓から左右を遮られまくってる。SSAも右手すぐなのに、壁しか見えない。真正面はふじみ野市方向らしく、富士山も見えそうなもんだけど天気が悪くて見えない。
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24日、手に刺さってた針がすべて取れた。両手が濡らせるから手も顔も洗面所で洗える。寝台特急あけぼのに乗ったときにもらってきてアメニティから石けんが使える。よく見たら資生堂製だった。いい匂いするよ。
前日に廊下一往復歩行の負荷計測。100メートルほどですけどちょっと疲れる。息も上がる。心電図とかは問題ないらしい。この日からフロア内歩行自由になったけど、とくに出歩く用事もないw。
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25日、朝から検査で朝ご飯あと回し。なにやら注射されてCTみたいな機械でいろいろ測る。しかも二度。核医学検査とはなんぞや?聞けば教えてくれたのだろうが、聞いていない。レントゲンも撮る。
部屋に戻って朝ご飯、一時間後にお昼w。午後、念願のATMに行けた。まだ歩行許可出てないので車椅子。お金の移動が出来てほぼ唯一の心配事が消えた。部屋に戻ったら冷房が効いていた。やっと窓が閉められる。18度設定風最大にしてたからガンガンに冷えてたw。
この日に、暫く納豆が食べられなくなるが大丈夫かと聞かれる。服用の始まる薬の効果がなくなってしまうのだそうだ。頼まれても食べないですと答えておいたw。クロレラ、青汁とかもまずいらしい。翌日から食事の明細に「納豆禁」の文字が入ったw。夜消灯時間直前に先生が薬の説明に来た。血液のさらさらにする効果を持続させるための薬だそうだ。点滴終わっちゃったしね。その話の中で、運び込まれたときすでに死亡リスクが結構高い状態だったと聞いた。救急車から搬送、手術入院、回復まであっという間に感じていたので、あらためて怖いなと。
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26日、退院の日が具体化し始める。月内には可能だろうと。検査の結果は良好、あとは薬の効果次第。つまり、以後飲み続ける薬の分量を量る。採血の毎日が復活するw。
この日廊下を3往復した。廊下片道50m、三往復で300ですから15両編成の上野東京ラインの電車前から後ろまでです。これで問題なければ棟内歩行移動可、シャワー可になる。
検査がなければ、基本寝てるだけになります。することがない。朝6時過ぎ血圧他を測りに看護師さんがやって来る。飲む薬の確認があって朝ご飯、お部屋の掃除、病院着とタオルの交換補充、昼ご飯、薬の確認、晩ご飯、血圧計測とちょいちょい行事はあるけど、することはない。トイレも室内だし。スマホもずっと見てると疲れる。電車の本は読み切った。テレビもあるけど見ないし、有料だし。テレビカードが必要で、冷蔵庫と共用でお金かかる。CCUはテレビ無いから冷蔵庫が無料で使えた。1000円のカードで冷蔵庫一週間は使えて、余りで笑点が見られた。
午後、棟内歩行許可が出たので2階まで降りてコンビニへ行ってみた。4コマ漫画雑誌とお茶、水を買った。マンガは夜までもたなかったww。
夜に通販の支払いをペイジーでしようとしたら、あの連休にシステムメンテをやる悪名高き銀行のアプリが重いのなんの。ISDNどころかFAXモデムですか?と言うような遅さ。見切りを付けた方がいいですかね。支払いは出来た。
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27日土曜日。ゴールデンウィーク突入。なんだか静かになった気がする。朝ご飯のあと、シャワー。入院以来初めてです。30分シャワー室が使える。髪の毛洗えてさっぱり。心電図モニターのセンサーの糊が頑固だった。また付けてもらえるときに言ったら、リムーバーくれた。
部屋に戻るや、レントゲンで呼ばれる。午後も検査で、いつ呼ばれるかわからないから部屋待機。休みに入ったのにご苦労なこって、と思ったけど月内退院に向けてのスパートらしいw。外来が休みなので、降りていくとがらーんとしてて怖い。忙しくはないが、部屋で待ってるとシャワーの効果かぽかぽかして眠い。
慌ただしく過ぎて、夕焼け空に富士山が見えた。窓からの視界左ギリギリ、鉄塔がモロかぶりだけど姿が見えるだけでちょっと嬉しい。晩ご飯は暮れる空を見ながら、朝ご飯はちょうど通るMaxときを窓から見ています。お昼はただ空見てる。
することなくて夜九時には寝ちゃうから夜中三時とかに目が覚めちゃったりしてスマホで時間見るともう寝られなくなるw。うっかり昼寝しちゃうと消灯しても寝られなかったりw。この日はするっと寝た。
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28日日曜日。朝から富士山がくっきり見えて気持ちがいい。そして一日やることがないと来たもんだw。昨日の検査の結果を待つだけ。そしてお昼にブロッコリーが出現。栄養士さんはお好きらしく数回出てきてはいたが、このときのはやや太くて緑が濃い。ドレッシングべっちょりつけて飲み込むw。
コンビニに降りていって、コーヒーとか買ってきてみた。特に感動も無く飲んじゃって、ただぼーっとする。笑点の前にやってる上田がやってる番組でも見るかと思ったのにやってない。鉄腕ダッシュもやらないらしい。笑点だけ見た。本当に何もなく、寝た。夜飲む薬の量が増えた。
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29日昭和の日。やはり予定はない。朝シャワー使えた。そこで、食事の献立表のあることを初めて知ったw。
退院の日が30日には決まって、その説明があると聞いていたが午後になってもない。やはりシャワーで眠くて仕方ない。暇なものだからスマホでヤフオクを物色するという悪い習性がでてマイリストの上限数が埋まるw。前の晩に一件落札、かんたん決済も済ませ、もう一軒入札してしまう。夕食前に退院の説明はあり、翌日9時半退院だと聞いた。朝6時に採血して、その結果で薬の量が決まり、会計もそうなのでちょっと待つかもとも。
一週間滞在してしまった部屋ですが、明朝去るとなるとちょっと寂しくもなる。
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たしかに味気ないご飯でしたが、時間はいくらでもあるからよく噛んでゆっくり食べられるのもいいもんだと思った。究極のぼっち飯のような気もする。毎食後すぐに歯を磨き、朝夕は薬を飲む。今までに無い習慣だった。歯は起きてすぐと寝る前に磨いてたねえ。荷物を片付けるのもそう時間はかからなかった。
寝付きはよかったけど、1時頃に目が覚めた。窓の外を見に行くと雨が降ってた。
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翌朝6時に採血があって、先生もきて経過は良好と聞いた。8時朝ご飯。母が迎えに来てくれて帰るだけ。薬を一ヶ月分どっさりもらい、CCU出てからずっと付けてた心電図モニターを外す。9時半退院。一ヶ月後に検査と診察、7月に心エコー検査がある。
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入院から退院までの経過ですが、じつは完治じゃないです、発症時に血栓が二カ所あり完全閉塞の部分は手術しましたがその先にもう一カ所部分血栓があるそうです。血の止まっていた時間が長いほど、その部分の心臓の筋肉が壊死してしまうので、時間を争う病気だそうですよ。私の場合、呼んで病院搬送までの時間は早かったと思いますが、119するまでに悶えてましたからね、それなりのダメージはあるそうです。それで入院終盤に薬が増えました。食生活に気をつけるのもあるし、中華屋さんはほどほどにしておかないとですかね。塩分すごそうだしなあ。行くけどねw。血さらさら薬バリバリ飲むので流血もまずいです。止まりにくい。
二週間も寝てましたから、筋力の落ちもなかなかなかです。すぐ疲れるし、息も上がる。ご飯食べたあとの心臓への負担も結構あることを感じます。酒は飲まない方がいいかな。もともとあんまり飲まないけどね。
薬で経過を見つつ、もう一カ所の血栓をどうするか見ていくことになっています。病院がわりと近くでよかった。
そんなこんなで、平成最後の日は忘れられない日になりましたよ。昭和最後の日は全然覚えていませんけどね。
以下、すること無くて撮りまくって遊んでた病院食コレクションですw。
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期待していなかっただけに、意外にお肉が多いのは嬉しかったですよ。魚の頻度も高い。
お味噌汁があると、だいぶ良い食事になりますね。塩分コントロールされてるからお椀小さいですけどね。
最後の今日の朝ご飯は、ポパイサラダでした。ホウレン草と玉子ね。血になりそうだね。
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入院中に落札したり、通販の支払いしたりしたのはもちろんNゲージです。
そのうち話に上げますね。
では皆様、よい令和をお迎えください。

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この記事へのコメント

さんひで
2019年05月01日 21:13
記事を拝読しましたが大変でしたね。
いろいろとご負担はあったようですが、快方に向かっているようで本当によかったです。
しかし誰にでもありそうな予兆とのことで改めて自分も体のSOSを見逃さないようにしなければと考えました。
まずは体力の回復とお身体のご治癒を最優先になさってください。
2019年05月03日 21:45
ありがとうございます。経過は順調です。
最近、中華屋へ行くことが多くて、それがきっかけになったかな?とは思いましたが、生活と食習慣でのことなので、節制を心がける良い機会にはなったかも知れません。
もう仕事に博復帰していますが、心機能よりも2週間安静後の体力の衰えの方が深刻で、ちょっと動いただけで遠足帰りのような疲労度ですw。とんでもないポンコツになってますw。
ちょっと気をつけているだけで防げるかも知れませんし、予兆を見逃さなくて済むかも知れません。私の体験でどなたかの知識や救いになればと思っています。
一般に、良くないと言われていることはよろしくないと言うことですねw。

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